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スコータイ遺跡を巡る その2 城壁外遺跡編
前記事:『スコータイ遺跡 その1 城壁内遺跡編』の続き。

スコータイ遺跡を巡る第2日目。


f0204561_512356.jpg【ワット・シー・チュム】


屋根のない32メートル四方
高さ15メートル
壁の厚さが3メートルもある本堂の中いっぱいに収まった
降魔印(悪魔を打ち倒す印相)を結んだ超巨大な坐仏像。


目の前に位置すると
15メートルもの大きさを誇って鎮座するこの仏像に
迫力負けしてしまいそう。


f0204561_552147.jpg
迫力満点のこの仏像をカメラに収めるのにも必死。

被写体としては申し分ない対象。

なんとか巧く撮ってやろうと
カメラ小僧のチャレンジ精神が躍動する。

こんな感じで
地面に伏せ込んで角度をつくってやっと。



f0204561_573316.jpg「恐れない者」という「アチャナ仏」と呼ばれるこの仏像は
今でもなお人々の信仰を集めていて
その特徴的な右手に金箔が貼られているためか
金色の手が美しく輝きを持つ。

巨大であるがしなやかで柔らか味のある手や指先が
彼の人となりを象徴しているよう。


そして
この坐仏像と一緒になって座禅を組む自分。






f0204561_5354345.jpg【ワット・プラ・パーイ・ルアン】
城壁の北側にある
ワット・マハタートに次ぐ格式の高さを誇り重要な寺院であり
スコータイで最も古いとされる寺院遺跡。

クメール王朝の支配下でつくられたと言われていて
スコータイを代表するクメール様式の寺院遺跡。


ここにはワット・シー・ワサイのような3基の仏塔があったが
現在残っているのは写真右側ひとつだけ。

真ん中と左側には崩れてしまった仏塔の残骸を残すのみ。


格式高い重要な寺院でありながら
塔も崩れかけてしまっていて
仏像も朽ちてしまっていて

f0204561_54105.jpg保存・整備の手が加えられているにもかかわらず
崩壊が止まず朽ち果ててしまっている
空虚に満ちた廃墟と化した寺院遺跡。


だがしかし
その姿のその表情にこそ
「遺跡」としての真の魅力を感じさせる。


時間と歴史の経過を感じさせ
当時の匂いが漂い、当時の息がまだ生きているように感じる。

なおかつ
まるでこの空間がピタッと止まっているような雰囲気。


f0204561_5462548.jpgそういう意味では異彩を放っている。


そんな想いを胸にして
座禅する自分。






【ワット・サパーン・ヒン】

f0204561_652690.jpg城壁の西側のなだらかな丘陵地帯にある寺院遺跡。

「サパーン=橋」「ヒン=石」と意味するように
「石の橋」を意味する寺院。


その名の通り
自然石を並べ敷いた橋のような参道が
麓から高さ200メートルほどの丘の頂上まで続く。

その石段の数、およそ400段。(たぶんそれくらい)


この石段の敷道の先にある頂上には
厚いレンガ壁を背にして右手を挙げている
高さ12メートルほどの「アッターロ」と呼ばれる仏像が
東を向いて立ち尽くす。


f0204561_674696.jpgその仏像が目にしている先には
広いスコータイ遺跡公園や緑に覆われた田畑が見渡せる。

そんな丘の上にたたずむ仏像と一緒になって
座禅する自分。





そんなこんなで
スコータイの地で見えないパワーなりエネルギーなりをひた浴びて
スコータイ遺跡を巡る旅を締め括る。


以上、『スコータイ遺跡を巡る』シリーズ完。
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by satoshi_0813 | 2011-02-19 17:18
スコータイ遺跡を巡る その1 城壁内遺跡編
f0204561_12134060.jpgタイ世界文化遺産の地スコータイ遺跡を巡る。

鬱蒼としたジャングルの中に数百年以上放置され廃墟となっていたが
ユネスコの支援を得て修復・整備され1991年に世界遺産に登録。


スコータイはタイの歴史の中でタイ人が最初に起こした国家と言われる。

この地はもともとクメール人が起こしたアンコール朝の支配下にあったが
13世紀後半、アンコール朝の支配力が弱まったのに乗じ
タイ人がクメール人を駆逐してスコータイ朝を開いた歴史のある地。

スコータイ朝全盛期は3代目ラム・カムヘン王のときに迎え
このラーム・カムヘン王の偉業を称えた碑が立つ。


f0204561_12155589.jpg右手に経典を持ち
左手に人民にその教えを説き
凛としながらも慈愛に満ちた表情が
偉大な王の聡明さを物語っているようである。


クメール文字を改良してタイ文字を考案したのもこの人。

自分がタイ文字に悪戦している元を辿れば彼に行きつくわけか。
できればもっと簡易な文字を考案していただければよかったのに。





f0204561_12174913.jpg【ワット・マハタート】


城壁内ほぼ中央にあるスコータイで最も重要な王室寺院。

約200m四方という広大な境内に
大小209基の塔、10の礼拝堂、8つのお堂、4つの池が点在。


レンガ製の基台の柱が林立する。
f0204561_1219023.jpgスコータイ遺跡はアユタヤ遺跡より古いにもかかわらず
スコータイ朝時代の寺院の柱がレンガ造りであったため
比較的保存状態がよい。

アユタヤ朝時代の寺院は屋根も柱も木造で残っていないのに対し
スコータイ遺跡の寺院の屋根は木製で
今では仏塔や寺院の基礎部分であるレンガで造られた部分が残されている。


支えるものを失った柱が佇む様子と野ざらしになった仏像が
栄華と衰退の歴史ともの悲しい雰囲気を醸し出す。



f0204561_12211882.jpgワット・マハタートの中で
抜群の存在感を見せている高いレンガの土台に座る巨大な仏像。


仏像と同じく座禅を組む。



f0204561_1223436.jpg【ワット・シー・サワイ】


トウモロコシのような独特な姿のクメール様式の仏塔が
どっしりと重量感を誇り3つ連立。


とりあえず座禅を組む。




f0204561_12273386.jpg【ワット・サー・シー】


池にうかむ小島にある寺院。

小さな橋が架けられていて
それを渡って辿り着く。


スリランカ様式の仏塔がこじゃれた池と織り成す美しい風景をつくり出す。

f0204561_12322315.jpg鎮座する仏像は降魔印(悪魔を打ち倒す印相)を結ぶ。

あー。
自分の中に潜む悪魔も打倒してくれないものか。

そんな淡く切ない思いを胸に座禅を組む。



f0204561_12414110.jpg【ワット・トラパン・グン】


「トラパン=池」「グン=銀」と意味するように
「銀の池」を意味する寺院。

「銀の池」と呼ばれる人工湖の上に浮かぶ小島に優美な姿を映す
蓮のつぼみの形をした仏塔が立つ。

本堂跡には土台と支柱の一部が残されているのみ。

少し離れた緑地の中に
遊行仏のレリーフがひとつひっそりとたたずんでいる。



f0204561_12422650.jpg夕日を背に受けて
蓮池の水面に映る緑の景色が美しい。

仏像さんは毎日いつもじーっとしながら
こんな景色を眺めているのだなと想いを馳せる。

そんな仏像のお膝元で座禅を組む。





f0204561_12451576.jpg【ワット・トラパン・トーン】

金があれば銀がある。
銀があれば金がある。

「金」と「銀」のシンメトリーは
どこの世界でも共通のよう。

というわけで
「トラパン=池」「トーン=金」と意味するように
「金の池」を意味する寺院。

「金の池」に囲まれて浮かぶ小島には仏塔と礼拝堂。


座禅を組む。





そんなこんなで
スコータイ遺跡を巡る1日目終了。


『スコータイ遺跡を巡る その2 城壁外遺跡編』に続く。
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by satoshi_0813 | 2011-02-18 23:32
両手を合わせてリラクセーション
f0204561_972856.jpg現代はストレス社会と言われる。

多忙を極める日常。
複雑な人間関係。
悩み、不安、悲しみ、憤り・・・。

ストレスとともに生きる限り
ストレスにうまく対処しなければならない。

それは日本の子どもたちはもちろん
この活動先チェンマイ少年の家の子どもたちにも当てはまる。

100人以上が入所する子どもたちの集団の中で
家族の元を離れて生活しなければならない状況にある
という環境要因ストレス。

さらには子どもたちそれぞれが持ちうる
落ち着きのなさ、不安感、多動性、イライラ、欲求不満、衝動性、
という個人要因ストレス。


「微笑みの国、タイ」
と言われるこの国だが
ストレスとは切っても切れない。


そんなストレスをうまく対処するために
動作法とリラクセーション技法を融合させて
自分なりに考案した処方をしてみる。


ふたり1組のペアになる。

お互いに向かい合う。

お互いの両手をそれぞれ合わせる。
そっと。

それでいてピターッと。
お互いの手のぬくもりをゆっくり感じながら。

そのしっかり手を合わせる掛け声の「ピッターッ」が
タイ語では「目を閉じる」という意味になるという偶然。


1分間じっと目を瞑り黙想。

じっと静かに。
じーーーーっと。



腕時計のタイマーが鳴る。

そっと目を開ける。

手を離す。



これが一連の工程。


なにも事情を知らない人が見ると
怪しい宗教行為のように目に映るかもしれないが

自分としては確固たる目的に則った教育活動のひとつ。
ストレス軽減、情緒の安定、集中力の向上などの効果が見込めるリラクセーション法。
効果はなかなか。


お互い目を瞑りながら手を合わせた1分間の後
開いた目を合わせた直後に見せる子どもたちのホンワカとした安堵の表情。
自然と表情がほころび、笑みがもれる。

落ち着きがない多動性の子どもも
このときはしっかりとじっと静かにできているし
貧乏ゆすりが見られた子どももその後それが消失する。


子どもたちもその効果のほどを体感的に察知してか
この活動になると行列を作って順番待ちになるほど。



日本の学校教育現場における教育相談でも
ストレスと対処するリラクセーション技法を取り入れる
新しい動きが見られるようになったらしい。(勉強中)


この処方、だまされたと思って試してみては?

もちろん信頼し合える相手同士の方が
より高い効果が望めるというところがポイント。
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by satoshi_0813 | 2011-02-17 23:06
自転車のお手伝い
f0204561_242112.jpg夕方5時ごろになると
活動先施設では晩ゴハンの時間を知らせる音楽が流れる。

それを耳にした子どもたちは
ぞろりぞろり食堂へと向かう。

子どもたちの寄宿舎で
いつもながらに子どもたちと一緒にいる。

そして
寄宿舎から食堂へ移動するとなると
子どもたちの誰かが
「手伝ってあげる」と申し出て
自分の自転車を手押しで引いて進めてくれる。


子どもたちをおいて先にひとりで自転車に乗って行った方が
実際には早いし、ラクだし。

そんなことは分かっている。
自分はもちろん、おそらく子どもたちだって。


でもそんな実利的なこと以上の思惑を
自分と子どもたちの中で共有している。

子どもたちは実際にそういう想いを表に出そうとしないけど
自分にはそんな子どもたちのキモチが分かっちゃうから。

だから
あえて子どもたちに自転車を預けて
横に並ぶようにゆっくり歩いて食堂に向かう。

今日も、明日も。
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by satoshi_0813 | 2011-02-16 22:26
ゴミ箱の部品でF1グランプリ
f0204561_11362546.jpgゴミ箱の足元についているキャスター車輪部分を取り外して
前輪・後輪に組み立てて
スーパーカーの出来上がり。


後ろの人に押してもらう人力総動員のターボエンジン搭載。

前輪車軸でハンドル方向操作するモンスターマシン。

F1レースさながらのスリリングな走りが展開される。


ひとりで乗って
スピード感を楽しんでもよし。

ふたりで乗っても
意外性のある走行を楽しんでもよし。


f0204561_113895.jpg華麗なドリフトあり、
見事なクラッシュあり。


意外に本格的に楽しめる。

活動先内で広がった最高峰レースが子どもたちの間で熱狂を集める。
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by satoshi_0813 | 2011-02-15 22:14
ポケモンお絵かき作品集
f0204561_2385685.jpg子どもたちが取り組むポケモンお絵かき活動。
(過去記事:『ポケモンお絵かき』 参照)


これまでたくさんのポケモンのキャラクターを描いてきた子どもたち。

実にその数、300枚以上。

そして
その数と同じだけの子どもたちの笑顔とドヤ顔がある。

f0204561_2443521.jpgひとつの芸術活動としての情操教育の一環もあるが

大好きなお絵かきをみんなで楽しくする
というもっと単純な目的の下
これこそココロの健全な育成につながる。


上手にイラストを描くためのちょっとしたコツを教えて
大好きなお絵かきの腕前をさらに上達させていく。


子どもたちが仕上げたポケモンイラストの中から
ベストイラスト作品をそれぞれ自分たちで選ぶ。


f0204561_246587.jpg子どもたちお気に入りの作品。

そのイラスト作品も素敵だけど
それをうれしそうに見せる子どもたちの表情が
輝きを見せていてもっと素敵。




f0204561_2471364.jpg子どもたちがポケモンお絵かきに取り組む傍らで
自分も子どもたちと一緒になって描いていた作品。
(過去記事: 『ポケモンお絵かきのお手本』参照)


実は結構たくさん描いてたんだなと気付く。


ズラリと並べてみると意外に壮観。
ちょっとした達成感あるね。


もともと画才に長けている方ではないが
色鉛筆での色塗りのコツが分かり始めたころから
なんとなく絵心が芽生えてきた。


f0204561_2485469.jpg我ながら立派な出来栄え。

きっと子どもたちにつられて心底楽しんでいたのだろう。

そんな自分の絵心を発掘できたのも
ポケモンお絵かきの副産物的な収穫。
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by satoshi_0813 | 2011-02-13 22:34
得意のポーズ
f0204561_20471578.jpg自分が活動先に赴任されたと同じくして入所してきた彼。
言うなれば
「同期生」としてちょっと特別意識してる存在。

発達障害があることからか
以前はなかなか集団に馴染めなかったこともあったり
自分の活動に取り組まずひとりいたりしていたが

今ではすっかり
みんなと一緒に自分の活動に誰よりも楽しんでいる。

過去の記事をさかのぼって見ると
彼の表情の変容がそのまま成長ぶりとして顕れているように見える。
(関連記事:『欠かせない存在』(2010年7月) 『じっくりゆっくり』(2010年10月) 『ピラミッドとナイル川』(2010年11月)参照)

ステキな笑顔の輝度が日を追うごとに更新されていくのが分かる。

自分との活動の積み重ねを通して
自分の存在が彼自身にとって楽しいことをもたらす存在として認識するようになり

彼の視界に自分が見えてロックオン状態になると
ニッコリとこれでもかと言うくらい満面の笑みを見せてくれる。

そんな生粋な笑顔に胸キュンな自分。

そして
お互いにとってどストライクにツボな存在。



f0204561_20511867.jpg彼が行うお気に入りの行動として
活動がひと段落してひと息つくときには

涅槃仏のポーズをとる。

彼が決まってするおなじみのリラックスポーズ。

もしかしたら
前世は涅槃仏なのかもしれない。

あるいは
著作「幸せを呼ぶゾウ」にあったように
自分に幸福をもたらすために現れたガネーシャか。


いや、ホントに。
そう言われるとどことなく神々しさを醸し出しているような。



f0204561_20515344.jpgそんな涅槃仏の生まれ変わりかもしれない彼と一緒に
涅槃仏ポーズ。

素敵なご利益がありますように。


いや。
すでに彼からはたくさん素敵なものをもらっているのかも。

きっとそうだね。
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by satoshi_0813 | 2011-02-12 23:27
見極める観察眼と駆け引きのチカラ
f0204561_2042945.jpgフラッシュ百まい足し算に取り組もうとする子ども。

彼は小学3年生だが
足し算ができないでいた。

正確にはできると言ってよいのだろうが
それは指を折って数えるというもの。

タイの初等算数教育の傾向だろうが
簡単な足し算であっても
指折りで数を数えるクセが抜け切れず
暗算での計算処理の段階に壁ができてしまう子どもたち。
(過去記事:『指折りで数を数えるべからず!』参照)


自分との個別指導により
そろそろフラッシュ百まい足し算をやってみようか
という段階までやってきた。


自分がそう促すが
彼は「できない。無理。」と言って跳ね返す。


自信のなさから簡単に自分をあきらめる子どもたち。


よし、それならば・・・

あくまでも試しの練習として
100枚あるフラッシュ百まい計算のカードを使って
解答できたら左側
解答できなかったら右側に置いて挑戦。

ということでやってみる。


さて実際100枚すべて終えてみると
左側には85枚
右側には15枚。


彼にとっては苦手意識がいまだ強く
「できない」というものがとてつもなく大きく重たいものとして圧し掛かっていたのだろう。

がしかし実際やってみると
できる部分が大きく圧倒していて
自分の中に圧し掛かっていた「できない」部分は
わずか15枚という枚数として目に見えたことで
実は取るに足りないものだったことが分かる。

右側にはあとわずか15枚残されたカード。

ここまで「できる」ことが分かると
この中途半端に残された「できない」部分を片付けなくなる。

そんな心理に駆られて
残りのできなかった15枚を再度挑戦してやっつける。


ほら、全部できた。

まるで魔法にかけられたような彼の晴れやかな表情。
あるいは
悪い呪縛から解き放たれたかのような。


ひとつの駆け引きであったとも言える。

でも確信はあった。

ずっと懇切に指導を積み重ねてきた経緯から彼の実力を把握していたこと
その中で培った彼と自分との信頼関係から
彼は「できる」「やってくれる」を見極めていた。

あとは
動き出した彼の心をうまいこと導いてあげる。

見極める眼と心理的な駆け引き。
我ながらうまくハマった。

ある意味では「賭け」的な要素もあったが
その賭けに勝つ確信はあった。

もちろん
こういう指導は誰にもできるようなことではなく
長きにわたりしっかりじっくり見ていったからこその結果であると。
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by satoshi_0813 | 2011-02-11 23:30
ギター復興
f0204561_9521730.jpg一時は自分の中でセンセーショナルを起こすマイブームとなったギター。
(過去記事:『ギターに食指』 『ギター初心者の指導』参照)

ギターも購入して毎日のように練習に明け暮れたころもあった。
(過去記事:『ギター購入』参照)


楽器に関してはとても不器用な自分にしては
そこそこの腕前が上達したものだが

気付いてみると今ではすっかり
ギターは部屋のインテリアとしての存在を誇っている。



f0204561_9535190.jpg眠ったままのギターを起こすためにも
活動先施設チェンマイ少年の家に持って行くことに。


活動先でギターを練習していると
興味津々に引き寄せられる子どもたち。


初めてギターに触るような子どもたち。
自分の目から見てもとても筋があるとは言えないほどだけど

興味を持ったことをやってみる

というのはよいこと。



f0204561_9542372.jpg自分から教わった数少ないギターの知識を
お互いに共有し合う子どもたち。

下手クソなりに
ギターの弦を弾いて歌を歌う子どもたち。

手探りをしながら
ギターの奏でる音を確認し合う子どもたち。

俺のギターを聴けとばかりにひょっこり現れて
弾き語りを披露する守衛さん。


f0204561_9573362.jpgギターを弾くことにまつわる子どもたちの
一生懸命な姿をみると

自分の部屋でインテリアとして眠っているよりも
あるいは自分だけが練習するよりも

この活動先でいろいろな人にギターを弾いてもらう方が
ギターのためにも子どもたちのためにも
とてもよいことなんじゃないかなと思いつつ。


と美談を語って
自分の三日坊主ぶりを正当化しようとしてみる。

そんな錆びついたギターの腕前をリハビリするためにも
ギターの練習を復活させなければ。
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by satoshi_0813 | 2011-02-10 22:47
腕相撲 絶対に負けられない闘い
f0204561_2102047.jpg子どもたちが自分に腕相撲を挑んでくる。


単純なチカラ勝負が大好きな単純な男の子。

あるいは
人づきあいがちょっと不器用な子どもたちが本人なりに考えた
自分となんとか関わろうとするための手段なのかもしれない。

我こそはと腕っぷしのよさそうな少年たちが
次から次へと自分の腕に挑んでくる。


実際のところ
腕力はめっぽう弱く
腕相撲は自信がない自分であるが

自分のメンツを守るためにも
子どもたち相手に負けるわけにはいかない。


f0204561_2111611.jpgチカラでねじ伏せて
どうだとばかりにオトナの凄みを見せ付けなければならない。


絶対に負けられない闘いがそこにある。
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by satoshi_0813 | 2011-02-09 22:58