2010年 12月 28日 ( 3 )
世界遺産ホイアンの街並み
f0204561_1041941.jpgベトナム中部にある古い港町ホイアン。

中国人街を中心に古い建築が残り
「ホイアンの古い町並み」としてユネスコ世界遺産に登録。

16世紀以降、ボルトガル、オランダ、中国、日本が来航し
これら外国船の入港が活発な国際貿易港として繁栄。

しかし交易拠点が南東30キロほどのダナンに移行されたことで
ホイアンの街は急速に衰退し近代化から取り残されることになる。

これが逆にホイアンに取って幸いし
近隣の大都市が近代化によって古くからの姿を急速に失う中で
当時の面影をそのままとどめたような街並みが
貴重なものとして認知されるようになる。

いわば
衰退したからこそ価値が上がるという
「負けるが勝ち」みたいな逆説的なもの。


16世紀から発展したホイアンの街並みは現在でも残され
戦禍を逃れた400軒以上の木造建築が建ち並び
昔と変わらぬ人々の暮らしが息づいて
かつて国際貿易都市として繁栄した面影を今に伝えている。


f0204561_1055180.jpgホイアンのメインストリートのはずれに位置する
通称「日本橋」と呼ばれる来遠橋。
中国風の屋根付橋で
当時この地域にあった日本人街に住む日本人が建設したと伝えられる。

当時日本人町や中国人街をつなぐ役割を担ったこの橋は
現在も使われており
当時の商人たちがこの橋を渡り交じった様子を彷彿とさせる。

この日本人橋(来遠橋)をはじめ
先代から受け継いだものを大切に守りながら暮らすホイアンの街。

軒を連ねる家々は古くは150年以上の木造家屋で
京都の町屋にも似たベトナム伝統の奥行きの長い構造。


f0204561_1073822.jpg最近のベトナムの急激な変化の波にさらされる中
なんとか古きよきものを次の時代に伝えようとする姿が
街の営みから感じることができる。


黄色く塗装された壁とやや黒ずんだ屋根瓦といった軒並みが
独特の雰囲気を醸し出す。

地区内が生きた博物館のようなもので
博物館など個々の観光施設に入らなくとも、
歴史保存地区内をぶらぶら歩いて街の雰囲気をじっくり味わうだけでも
十分に味わいを堪能することができる。

早朝に訪れると
時間が止まったような街の雰囲気も味わうことができる。


f0204561_1084486.jpgホイアンはランタンの産地でもあるようで、
随所でランタンの展示・販売がされている。

これが夜ともなると各店舗の軒下にカラフルなランタンに明かりが灯されるので
街全体がとても幻想的で華やいだムードに包まれた風景となる。

ぼんやりと明かりが灯ったランタン掲げた店の軒先を見ながら
どこかしら「古きよき」的な懐かしさを感じる風情ある街並みに
ほっこりココロを和ませる。
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by satoshi_0813 | 2010-12-28 23:17
世界遺産ミーソン遺跡
f0204561_22564146.jpgホイアン郊外南西約50キロのところにある
世界文化遺産ミーソン遺跡を巡る。


ミーソン遺跡は
4-13世紀の間、古代チャンパ王国の宗教(ヒンドゥー教シヴァ派)の聖域として
いくつもの寺院伽藍が築かれた千数百年の歴史を持つ遺跡。


ミーソン遺跡に到着して
10分ばかり歩くと、草に覆われたレンガ造りの遺跡群が出てくる。



f0204561_230846.jpg最大の特徴はレンガで築かれた建造物。

レンガにはセメントや漆喰などの接着剤を使った形跡が無く
建造物に施された巧みな彫刻や建築技法は
当時のチャンパ人の技術力の高さを物語り
この地に発達した文化を持つ王国が存在したことを証明する。


このベトナムの地に存在する
古代ヒンドゥー教文化の足跡を後世に伝える貴重な遺跡は
ベトナム戦争でアメリカ軍の爆撃を受けて遺跡の大部分が破壊され
崩壊の危機に瀕することになる。


f0204561_2331077.jpgかつては高く聳えていた主祠堂も今はなく
一帯はまるで瓦礫の山と化している。

世界的に貴重な遺跡建築物を爆撃崩壊したり
森に枯葉剤を撒き散らしたり地雷を置いたりする行為が
つい最近まで実際に行われていたことを考えると
戦争の暴挙ぶりが窺い知ることができる。



今もほとんどが修復されず壊れたまま。
規模も小さくて世界遺産としてはいささか物足りなさと感じるかもしれないが
森の中に放置されている雰囲気というのもなかなかよい。

f0204561_22585539.jpgベトナムの灼熱の太陽や強い雨にさらされながらも
周囲を山々に囲まれて
まるで戦争で受けた深い傷跡をじっと耐えて癒えるのを待つかのように
ひっそりと草木に埋もれて身を隠すように
静かに森にたたずむ。
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by satoshi_0813 | 2010-12-28 22:54
ベトナム統一鉄道
f0204561_0323181.jpgハノイ-ホーチミン・シティー間の全長1726キロにわたって延びる
南北縦貫線いわゆるベトナム統一鉄道。


本当なら南北全行程を鉄道で突っ切ってみたいという野望があったが

さすがに限られた旅の日程上
30時間も鉄道に乗りっぱなしというわけにもいかず

ハノイ-ホーチミン間にある他のいろいろな地にも足を踏み入れることから
ベトナム中部最大の街ダナンまでベトナム鉄道の旅。

f0204561_0333819.jpgベトナム・ハノイ到着後現地にてチケットを購入したのだが
どうにもこうにも話が通じなくて苦労した末に
出発地ハノイ駅のチケット窓口でなんとか購入。


ハノイ駅19:00発

寝台急行列車で約16時間。

ダナン駅翌日11:00ごろ着・下車(正確な時刻は未確認)


1時間遅れが定刻とさえ言われるタイの鉄道と違い
列車の運行は意外にもかなり正確で遅れることはないと言われるベトナム鉄道。

列車が到着するまで駅の待合室で待ち
頃合いを図って改札らしきところで係員にチケットを見せる。

f0204561_0361617.jpgハノイ駅が始発駅なので
停車している列車の中から列車番号を確認して自分の乗る便を探す。
これを誤ったら一大事。

さて乗車。

乗車した途端
車内に立ち籠める「負のオーラ」のようなものを全身ビンビンに感じて
不覚にもビビってしまう。

本能的に

「こりゃなんかヤバい」

と身の危険を感じる。


f0204561_039331.jpgもしかしたらバイクとの交通事故に匹敵しようかというくらいの(過去記事:『交通事故!』参照)
青年海外協力隊任期中最大級に身を危険を案じる危機感。
(実際、交通事故のときは危険を察知する間もなく後ろからドカンッ!だったし)

寝台の室内を覗くと
驚くことに両側3段ベット。
つまり個室に自分と見ず知らずの怪しいベトナム人を含む
合計6人と一夜を共にしなければならない想定外の状況。

ちょ・・・っと。

個室のドアを開いたが入ることを躊躇して
車両の端にてしばし気持ちの整理。

歯を磨く。コンタクトレンズを外す。用を足す。手を洗う。顔を洗う。
ふぅ・・・と深く息をついてココロを落ち着かせる。


f0204561_0431526.jpgそして仕切り直して入室。
自分は3段ベッドの最上段。

部屋の中は真っ暗。
他の人はもう寝ているのか。

ハシゴはない。
下段中段のベッドをよじ登り自分の居場所に到達。


とやかく言っているヒマもなく就寝。
荷物の盗難に遭わないように抱いて寝る。


翌朝、車内がにぎやかになって目を覚ます。
明るくなってようやくホッとする。

一晩過ごした自分の居場所を落ち着いて確認。

3段ベットは組み立てられたまま。
座る場所はなく
かと言ってベットの上で座ろうにも天井にアタマが閊えるので
強制的に横になって寝ているしかない。

そんなベッドも硬い板上にシーツが敷かれているだけ。

個室内での居心地の悪さに耐え切れず
外へ出て窓からの景色をボーっと眺めて気を紛らす。


f0204561_0463127.jpgそろそろやってくる降車のタイミングに備える。

今どこを走っているのかよく分からない上に
目的地ダナン駅は終着駅でないため
客車乗務員に「ダナン駅(ガ・ダナン)」と伝えておく。

目が合うたびに「ダナン駅(ガ・ダナン)」としつこく繰り返す。

そんなこんなでダナン駅到着。

緊張感あふれる16時間の鉄道の旅。

ようやく列車の外へ脱出できて
えも言われぬ負のオーラ漂う空間から解放された時は
やれやれホントにホッとした。
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by satoshi_0813 | 2010-12-28 22:31