別れの日、そしてさようなら
f0204561_0591666.jpg本日をもって
活動先施設チェンマイ少年の家でのボランティア活動終了。

つまりそれは

活動先施設チェンマイ少年の家の子どもたちのと別れを意味する。


「いつ日本に帰るんだ?」
と、ここ最近になってさらに頻繁に訊ねてきた子どもたち。

それに対して自分はお茶を濁した対応をしていたため
子どもたちの大半は
まさか今日が自分と別れの日になることを知らない。

あるいは
自分がこの施設を離れて日本に帰ることになると思ってもいない子もいるかもしれない。

活動休日に施設に姿を現さないだけでも
不思議がって理由や何をしていたかを訊ねられるくらいだったし。

それだけ
いつでも子どもたちと一緒だった。

お互いにとって自分がこの施設で子どもたちと一緒にいるのがごくごく普通だった。



f0204561_1294825.jpg活動最終日この日、
最後の最後に行った締めの活動は
バスケットボール。

赴任当初は子どもたちの中では誰ひとりとしてやっていなかったバスケットボールだが
自分ひとりから地道に裾野の拡大を図って子どもたちの機運を高め
(過去記事:『バスケットボールが最高に過熱した日』参照)
最後には配属先職員も動かしてコートが整備された。
(過去記事:『バスケットコートの息吹』参照)

今では自分が手とり足とり指導をしなくても
準備運動からセットシュート、レイアップシュート、ミニゲームなどの練習メニューを
子どもたちだけでひと通りこなせるようになった。

自分の出る幕が減ってちょっぴりさみしさもあるが
でもこれこそ「自転車の練習」的な教育の考え方になるのだろう。
(過去記事:『自転車の練習』参照)

地味だけど地道に続けた自分の活動。
じわじわと子どもたちの中からうごめく成果が湧き上がってくる。
そんなここでの自分のボランティア活動をあらわすような
バスケットボールの活動で締め括れたのは何とも感慨深い。



f0204561_10286.jpg自分がこの活動先施設を離れるのが今日であることは
これまで自分の口からは子どもたちに公表していない。

あわよくば
配属先職員にも知らせずにシレーっと姿を消すつもりだったが
さすがにそれは問屋が卸してはくれないわけで。


できるだけいつもどおりに過ごして
ごく自然にこの活動先施設から姿を消したい
という自分の意向もある。

それに加えて
今回の活動先施設の子どもたちとの別れというものを
受け止めきれない自分がいるということも認めなければない。


生者必滅会者定離(せいしゃひつめつえしゃじょうり)
  : 生命のあるもの は必ず死滅するときがあり
   逢ったものは必ず別れる運命にある。


そんな世の常とも言える「別れ」というものに
子どもたちと面と向かってしっかり受け入れることが大切であろう。


f0204561_123730.jpg子どもたちのことを考えるとよくないことは分かっている。
教育者として考えるとなおさらよくない行為であろう。

でも
自分にも準備ができていない。

どのように受け入れていいのか分からない。

悪いがそんな自分のワガママを通させてもらう。


もう会えないかもしれない。

もうここに来ることはないかもしれない。

という想いは大きい。


でも
彼ら子どもたちのこれからの成長が楽しみだし
成長した姿を見たいと思う。



もしまた会える日がやってくるのなら
その日まで。
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by satoshi_0813 | 2011-03-11 22:54


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