今、何時?
f0204561_010100.jpg「今、何時?」

と自分に時刻を訊ねてくる子どもたち。


自分が把握できる限りでは
子どもたちの普段の活動範囲内で
施設内でまともに働いている時計は
食堂にあるひとつだけ。

あとは自分の左手首にある腕時計。

そうなると必然的に自分に時刻を訊ねてくるもの頷ける。
「何時何分だよ」と受け答える自分。


あまりにもしきりに時刻を訊ねてくるので
少々面倒になってくる自分。

あるとき
時計のある食堂でも自分に時刻を訊ねてきたことを思い起こす。

ん?
これは何かあるぞと勘ぐる。


いつものように自分に時刻を訊ねる子ども。

腕時計を示すがこちらから時刻は伝えずに
「今何時か分かる?」と試しに訊いてみる。

すると
「自分は時計が読めないんだ。」と困り顔を見せる。

なるほど。
ここの子どもたちの中には
当然のようにアナログ時計が読めない子がいるのだろうか。


子どもたちは時計がないから自分に時刻を訊ねてきたというよりは
時計が読めなくて自分に時刻を教えてもらっていたのだろう。


逆にこちらから腕時計を示しながら
子どもたちが時計の読み方を理解しているか調査。

すると予想以上に時計の読み方を理解していない子どもがいるという事実。
そして時計を読めないことが当然のようにあっさりしているのにも驚く。

そのことが分かるとさっそく子どもたちに時刻の読み方を教える。

短い針が時間を示して
長い針が分を示して
それぞれの目盛りが・・・云々と説明すると

要領のよい子どもであれば
たいてい5~10分ほどで時間の読み方を理解できる。


子どもたちの目の届くところに時計がないという
ハード面の環境要因もそうだろうが

子どもたちが時計の読み方を理解していないことを察知し
そして時計の読み方を教えてあげる存在がいなかったという
ソフト面の環境要因こそが

いつまでも子どもたちを
時計を知らない世界に閉じ込めていたのだろうか。


そしてそれから

自分から時計の読み方を教わってからも
自分を見つけては歩み寄って来て

「今、何時?」

と訊ねてくる子どもたち。

それは
時刻が分からなくて訊ねているというよりは
自分に教わった時計の読み方を復習して反復確認している。


同じ言葉「今、何時?」でも
その言葉の意味合いはこれまでと今とではまるで違う。
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by satoshi_0813 | 2010-12-03 23:16


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