見守る存在
f0204561_9365077.jpg子どもの成長にとって最も大切なものは何か。


自分自身が子どもだったのころの経験や
教員として子どもたちと接してきた経験をもとに
そして
青年海外協力隊としてこの活動先で子どもたちと接してきた経験を通して

今まで子どもたちとのありとあらゆる経験を統合して
1つの自論を導き出してみる。

それは
子どもたちのことを「見守る存在」ではなかろうかと。



子どもたちは自分自身がうまくできていることやがんばっていることを
そばにいる他の人に見てもらいたいと思っている。

それは活動先チェンマイ少年の家で活動を行うあらゆるときに
子どもが活動にうまく取り組んでいるような場面に
「見て!見て!」と声をかけてアピールをする言葉や
自分の方を目配せしてきちんと見てくれているか確認している視線が教えてくれる。

うまくできていること、がんばっていることを見てほしいのは
自分を肯定的に見てほしい、賞賛してほしい、必要とされたい、認めてほしい気持ちからであり
このような欲求は社会的欲求、承認欲求、自尊欲求になり

そしてこの欲求が満たされることで
自己肯定感、自尊感情が培われ
自己の成長や発展を求める自己実現欲求へとつながる。

社会で生きていく上で重要な土台要素でもあり目指すべきところでもある。


タイの文化的なものなのか
あるいはここ配属先特有のものなのか
配属先には子どもたちを温かく見守る姿勢は乏しい。

むしろ子どもたちに対して何か悪いことをしていないだろうかと
訝しく「見張る」といった様相さえうかがえる。
実際に悪いことをしたら体罰。

これでは子どもたちは窮屈で委縮してしまうし
むしろ逆効果にグレてしまうのでは。
もし自分がここの子どもだとしたらそうなるかもしれない。

そんな配属先になくて自分にあるものが
まさにこの子どもを「見守る」姿勢。


過去記事『ピグマリオン効果』でも言及したように
言葉かけであったり態度であったり思いやりであったり
期待感の込められた眼差しを受けることで子どもは大きく成長する。

子どもの成長を信じ、期待し、見守る。
そんな子どもたちの「応援団長」である自分。

そういう存在がそばにいるからこそ
やってみよう!
がんばってみよう!
という意欲も芽生える。

子どもたちとどのような活動をする上でも
心に留めて大切に持っておきたい「見守る」という姿勢。
これまでも、これからも。

あるいは極論からすると
さまざまな活動をするよりもこの「見守る」姿勢を持っていることだけでも大事。


今まで子どもたちにとっていなかったであろうこのような存在が
子どもたちのいつもすぐそばにいるということだけでも
実は子どもたちにとってはとても大きな意義のあるものではないだろうか。

実際その存在の大きな意義というものを
実感・理解するまでには至っていないだろうが。

もし仮に子どもたちや配属先がそのことに気づくことがあったとしても
自分はもうすでにここにはいないだろう。

それが残念と言うか、惜しいというか。
それでもそれはそれでまあいいやと思っている自分。


あ・・・、あと欲を言えば
ピグマリオン人間の自分にもそのような存在がすぐそばにいてくれたら
全くもって文句なしなんだけど。

いや、待てよ。
もしかしたら自分もその存在に気づいていないだけなのだろうか。
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by satoshi_0813 | 2010-10-31 01:16


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