ボール遊びの秘めたる目的
f0204561_01465.jpg子どもたちとボール遊び「はさみ」をして遊ぶ。
(関連記事『ボール遊び「はさみ」』参照)

実際にこの遊びをしている子どもたちの様子を観察すると
この「はさみ」というボール遊びは
ただの遊びとしては片付けられない
実に奥の深い要素が詰まっている活動であると考察する。


<要素1:キャッチボール>

鬼なると基本的にはボールの受け渡しを行う。
10メートルほどの距離感覚に離れているところからのキャッチボール。
運動動作、感覚動作の向上が求められる。

なおかつ
走り抜けようとするプレーヤーを瞬時に察知し
ボールをぶつけられるか自重するかの判断力を要する。


<要素2:相手を信頼するココロ>

多数のプレーヤーに対して
鬼役はたったの2名。
またこのゲームの特性上
鬼役が勝利する割合はプレーヤーに比べると低い。

なおかつ鬼役のうち
どちらかでもキャッチボールがうまくできないと
他のプレーヤーの格好の餌食になる。
一方の鬼役がうまくボールを捕ることができないと
もう一方の鬼役は相手が受け取りやすいボールをいかに投げることを考えればよいのだが
それどころか落ち着きを失いイライラして
ついにはやけくそになって勝負を捨ててしまうことが少なくない。

ゲームの中で
いかに冷静に自分を保つことができるか
相手を信頼し相手のことを思いやることができるのか。

グッとこらえてキレないココロをつくる。


<要素3:シャトルラン>

プレーヤーは10メートルほど離れた距離を
鬼役がキャッチボールのスキを掻い潜って
12回(6往復)疾走しなければならない。

プレーヤーの誰かがボールをぶつけられたらたちまちゼロからリセット。
また12往復を目指して走ることになる。

走っては誰かがアウトになり
また走ってはまた誰かがアウトになり
その繰り返しで
何度も何度も10メートル間隔のシャトルランをしていることになる。

これが地味にキツイ運動。
知らない間に体力の向上がねらえる。


<要素4:集団の中の一要素としての責任のある動き>

プレーヤーは誰かひとりでもボールをぶつけられてアウトになると
他のプレーヤー全員のカウントがゼロにリセットされる。
カウントが大きければ大きいほど
リセットになった時のショックは大きい。

なので
それぞれプレーヤーは個人でゲームに参加しているが
実はその個人の一挙手一投足には
他のプレーヤーに対しての責任も伴うということ。


<要素5:自己申告制>

プレーヤーのカウントやボールが当たったかどうかについて
一応自分が責任審判をしているのと
他の参加者が見ているのとで判定しているが
最終的には自己申告にして任せている。

特にカウントについては完全に自己申告である。
ごまかしは多分に可能であるが
そういったところで逆に人間性が試される。


以上、気付いたこと5点。

後付け的なところがあるが
それでもこのような要素を目的として活動して見ると
ただの遊びではなくなる。

カラダとココロの鍛錬としての活動になる。


子どもたちにはこのような要素や目的は説明していない。

活動を主催する自分が把握して
子どもたちの様子を見ていかに課題を克服するかを見守ることが大事。

しかしこのような要素や目的を把握しているのとしていないのでは
この遊びが持つ意味合いが天と地の差にも匹敵するだろう。

ただの遊びではなく
目的意識を持った活動を取り組む。
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by satoshi_0813 | 2010-09-21 23:56


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