叱る!
f0204561_0423435.jpg子どもを叱ることがある。
叱ることは褒めることよりホント難しい。

ちょっとした注意で済むこともあるけど
本気で叱らなければならないことがある。

もちろん子どものために。

叱るべきにきちんと叱らなければ
子どもたちは成長しない。

本気で叱るとき
自分はその子どもをみんなとちょっと離れたところに
個別に呼び出してふたりっきりで話をする。

叱るといってもこちらから多くは語らない。

何をしたか
それはよいことか悪いことか
悪いことなのになぜしたのか

などといったように
子どもに自分の行動を振り返らせて説明させる。

子どもたちの中にだってちゃんと善悪の判断はある(と信じている)ので
子どもたち自身で自分の行動について考えさせる。


ふたりっきりのこうした時間は
子どもたちにとっては苦悶苦悩の時間だろう。

なんてったって本気で怒ったときの自分の表情は
子どもたちにとっては自分自身が思っている3割増しくらいに
おっかなく感じるらしく。

このように本気で叱ると
必ずと言っていいほど子どもたちはビビって泣いてしまう。

むしろタイ文化よろしく体罰でピシリッ!と叩いて「ハイ、おわり」の方が
子どもたちにとってはあっさり終わっていいのかもしれないが
そんなしつけは全く教育的ではない。


ひたすら自分自身との対話に向かわせる。

自分自身の行動を振り返り
自らを律するための力を養うために。


叱るとき
あくまでも大人の対応で感情的になってはならない
子どもの言い分を聞かずに叱ってはならない
など
気を付けることはたくさんあるけど

一番留意しているのは
子どもの成長を期待して叱ること。

「叱る=否定」となりがちだけど
あくまでも「罪を憎んで人を憎まず」である。

悪しき行動を否定するのであって
子どもたちの人格を否定するものではない。

その子のよいところを知っているから
もっと伸びてほしいから
そんな期待感を叱るときに盛り込むことができるか。

そういった姿勢が伝われば
子どもたちも叱られても後味悪くなく
これらかの自分に向けて切り替えがスムーズになる。

いわゆるこれが「信頼関係」の上にあるものなのだろうか。


最後に子どもに逃げ道を用意してあげて終わる。

叱るだけにならないこと。
最初はギューッと締めて
最後はフワーッと緩めて終わる。

これからもっといい自分でいようねって感じで。

逃げ道を用意する子どもたちにとって意外に大切。
叱られてばかりではウンザリしてしまうし。


「雨降って地固まる」というコトバがある。

自分が本気で叱った子どもたちはみんな大泣き。
でもしばらくすると(その期間にはだいぶ個人差あるけど)
子どもたちから大好きオーラ大放出で
叱る前よりもしっかりとしたいい関係になる。

きちんと叱ればココロをガッチリ。
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by satoshi_0813 | 2010-06-27 00:23


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